※こちらは体験版にも出てくるサブキャラ『佐藤さん』の、とある一日を綴ったSSです。

Special SS『佐藤さんは見た』 著:松竹 梅

「また来るわね。店長も体に気をつけて」
 なんて気遣いの言葉が挨拶の終わりにつくようになって、もうどのくらい経つだろう。と佐藤実知与は考える。
「ああ、もう、出かけた時は曇りだったのに」
 行きつけのパン屋を出ると強い日差しが肌に降りかかってきて、手で日傘を作った。今日は日焼け止めを塗っていないから、きっとシミそばかすが増えるだろう。なんて悩むあたりも、歳をとった証だ。
 今歩いている、のっぺりとした商店街の舗道でも、若い時よりかは足裏に凹凸を感じるようになった。肌にも肉にも日に日に重力が圧し掛かってくる。大人になると皆スキップをしなくなるのも、きっとその重力のせいだ。
 ――そんなくだらないことを、いちいち思い返す。たぶんパン屋でよく話していた、女の子がいなくなったせいだろう。彼女は、ぱっと見は目立たないタイプの女の子だったけれど、若さにも気力にも溢れていた。あの内面からの輝きに触れると、自分まで若返った気になれたものだ。ずいぶんと活力をもらっていたように思う。それこそ、歳をとったと溜息を吐かなくなるくらいに。
「あの子、元気にしてるといいんだけど……」
 老いると色んなところにガタがきて、辛くなる。だけど辛くなる分、同じく歳をとっていく周りを心配する気持ちが持てるようになるから、そう悪いことばかりではない。よっぽどの相手でない限り、老いた者同士で労わりあえる。
 もしかしたら一番苦しいのは、そういう余裕が持てない、若い時なのではないだろうか。あの彼女くらいの年齢は、誰しもが恋に恋して、時には悲しい想いをする。しない人のほうが少ない。
 だから実知与は心配だった。
(話を聞いているだけだと、どう考えても結婚詐欺にあってるとしか思えないんだよねぇ。あの玲人さんとやらは、あんまりお勧めできないよ)
 思えど、口には出せなかった。どんなに心配しても、ただの常連客と店員の間柄では、何を言ってもお節介ととられる恐れがあったからだ。
 彼女が店を辞めて接触の機会がなくなってしまった今となっては、ただただ幸せを祈るしかない。この日差しと同じくらい、彼女の未来が輝けばいいのにと願った。
(ん? この声は……)
 勝手な祈りが天に通じたのか、聞き慣れた声を耳が拾う。逆光になっていて最初はわからなかったけれど、目を凝らすと遠くのほうに彼女によく似た――いや、間違いなく彼女に違いない姿を認めることができた。
 何か心境の変化があったのか、だいぶ雰囲気が変わっている。それでも彼女特有の愛らしい微笑みはそのままだった。
 ああ、と嬉しさが胸に広がる。
 だけど近寄って話しかけようと思った時、ふと気がついた。
(あの彼は……玲人さんじゃないね)
 彼女の隣にいたのは、金髪の外人みたいな男性だった。みたいな、というより海外の血が入っているのかもしれない。陽を弾く肌は透けるように白いし、目鼻立ちも日本人離れしている。純粋な日本人だという『玲人さん』の特徴には、どう見ても当てはまらなかった。
 もっと目を凝らし、彼女の隣で極上の笑みを浮かべている彼を観察する。
(! もしかして、あの彼……)
 はっとして、息を飲む。実知与は昔、一度だけ彼を見たことがあったのだ。
 彼も彼で多少雰囲気が変わっていたけれど、間違いない。そう確信する。実知与には一度会った人間を、正確に記憶できる自信があった。しかし「会った」といっても彼は実知与を憶えていないだろうから、その程度の接触でしかない。
(どうして彼が、あの子の隣にいるの……?)
 もし彼が、まさしく記憶の中の人物だとしたら、今の彼女の生活が心配だ。何かとんでもない事態になっているのではないかと、実知与は一人拳を握りしめた。理由があって悪くは言えないけれど、彼の背景を知っているだけに不安になる。
(玲人さんと別れて、彼と付き合いだしたのかしら。……ああ、もう、そっちの彼もお勧めできないよ。お金持ちかもしれないけど、他がねぇ……)
 深い溜息を吐く実知与には気がつかず、彼女は彼と一緒に角を曲がっていった。
 去り際の楽しそうな笑い声を聞いて、また複雑な気分になる。
(まあ、だけど、人の恋路は誰にも邪魔できないし……。今度会った時には、知らないフリをしておいたほうがいいかもしれないわね)

「……あまり無理するんじゃないよ」
 小さな声が風に流される。
 そのまま彼女の耳に入ってしまえばいいのにと、実知与は切なくなった。

2014.11.03
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