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Operetta通信

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最終更新 / 2016年8月 Vol.30

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01

罪喰い ≪連≫書き下ろしショートストーリー

『思い知ったのは』

著・草木ネムル 監修・松竹梅

 とある休日。朝陽がさんさんと降り注ぐ窓際で、青々とした芝生をぼんやりと眺めていた。
水をまいたばかりで少し湿気を含んだ緑は、見ているだけで清々しい気分になる。
……いつもなら。
 バタバタという足音が廊下のほうから聞こえてきた時、俺の胸中には今日の天気とは裏腹に
暗雲がたちこめた。
「連! ちょっと良い?」
 どこか嬉しそうに俺の名を呼ぶ彼女は、俺の愛しい愛しい奥さん。一日中ぎゅっと抱きしめて、
離したくない伴侶。
 それが脳に刻まれているから、反射的に振りかえりそうになってしまった。既のところで
服を握りしめ、ぐっと堪える。背を向けたまま声を発した。
「……どうしたの? 何か用?」
「あのね! 連に――」
 俺の異変に気づいた様子で、彼女が口を噤む。
 その戸惑いを感じて、罪悪感に似たものが胸の内に広がった。
(でも、今日は許さないよ。俺は怒ってるんだから)
 子供じみた主張だ。
 自嘲の笑みが口端にのぼる。
 覇名――肌に刻まれた夫婦の証を通して彼女の不安が伝わってくると、大人げない自分に
もっと苛立ちを感じた。
 でも止められない。彼女を愛しく思うほどに、怒りが強くなる。
「……なにか怒ってる?」
「いや、怒ってないよ」
「嘘」
 覇名は夫婦になった者同士の心の結びつきを強くする。調整は可能だが、喜怒哀楽は大体
知られてしまう。ましてや、あえて心の壁に隙間を作っている今は、もっとダイレクトに
伝わっているはずだ。
 それを理解していながら、俺はわざとらしいほどに優しく微笑んでみせた。
「ねぇ、今日はどこに行っていたの?」
「えっ? えっと、それは……」
 彼女はとてもわかりやすい。今も焦りを隠そうとしてか、視線を泳がせ、頬をかいている。
 いつもはその正直な反応を愛おしく感じるけれど、今日ばかりは苦々しく思った。
「言いたくない?」
「言いたくないっていうか、その……」
(なんで隠すの。俺は全部知ってるのに。隠したいなんて、やましいことがあるって言って
いるようなものじゃないか)

 そう、俺は知っている。今日彼女が守人と二人きりで、しかも俺に内緒で出かけていた
ことを。
 嫉妬心で、体中の血液が凍っていくような錯覚に襲われる。
 微笑みつつ目を細めると、彼女は額に汗を滲ませ、視線を逸らした。
「あー! そのお花! 綺麗だね!」
 大声をあげ、机の上の花を指さす彼女。
 ……こんなにもわかりやすい話のそらし方を見たことがない。ベタすぎるリアクションをとる
彼女に対して、老婆心ながら忠告したくなった。そんなんじゃ、いつか俺みたいな狡い男に
騙されてしまうよ、と。
「さっきから気になってたんだ! 連がお花を飾るなんて珍しいね」
「なんとなく、今の俺にぴったりだと思って」
「ぴったりって……? まあ確かに、連みたいな美形にはお花が似合うと思うけど……
これ、シクラメンだよね?」
「そう。赤くて、綺麗でしょ?」
 そこでようやく、彼女は俺の意図に気がついたようだった。息を飲み、窺う視線を向けて
くる。
 俺は動けない彼女の髪を一房、手にとった。柔らかなその感触を楽しみつつ、毒を吐く。
「花言葉なんて、君は知らないと思ってた」
 ――赤いシクラメンの花言葉は、嫉妬。
 言外に潜められた主張に、彼女は困りきった様子で眉尻を下げた。
「司がそういうのに詳しいから……」
「へぇ」
 たいして興味がないふうに――事実彼女以外に興味がない俺は、彼女の毛先を弄りながら
軽く相槌を打つ。
 ふふ、と笑いながら流し見ると、彼女が華奢な肩を小さく震わせた。
 怯えさせてしまって申し訳ないと悔いているのに、一方では喜んでいる自分もいる。
この反応を引き出しているのが他でもない俺なのだと思うと、嬉しくてたまらない。
 ……相変わらず俺は、駄目な従者で夫だ。嫉妬心の塊で醜い。
 彼女の命に手をかけるように、指先を喉元に滑らせる。
 悲しそうでいて弱々しい声が、俺の耳に届いた。
「見ちゃったんだね。今日……私が誰といたか」
「うん。偶然」
「そっか……」
「なんで俺に黙って、守人と二人きりで出かけたの」
「それは……」
 もうバレているのに、彼女は白状しない。
 ますます苛立ちが募る。
 思わず眉を顰めると、彼女が慌てたように口を大きく開けた。
 その口の前に、さっと手をかざす。
「もういいよ。君は俺に内緒で守人と二人で遊びに行った。それが全てだ」
 彼女がまた何か言おうとする前に、喉もとに添えていたほうの手を首裏に滑らせる。
ぐっと引き寄せ、薄く開いたままだった唇を塞いだ。
 彼女のくぐもった可愛らしい声が、直接口腔に響く。その心地よさに眩暈をおぼえる。

 愛しい。憎らしい。俺だけのものにしたい。

 勝手な欲望のままに舌を絡ませ、彼女の声を奪っていった。
(……もうすぐか)
 もうすぐ、守人が来る。俺が彼女のために建てた、この家に。――上樹家の使用人に探りを
入れて知った情報を思い返しながら、喉奥で笑った。
(何を企んでいるのか知らないけど、彼女は渡さない。これを見て、思い知ればいい)
 無礼にも玄関ではなく庭先から近づいてくる足音を、耳が拾う。
 どうやら守人が俺を驚かそうとしているらしいと察して、少しの違和感をおぼえた。
(妙だな。あの守人が礼儀を欠くなんて……)
 そう考えつつも、彼女の柔らかさ、匂い、熱に……意識が奪われていく。
 次第に策略ではなく、本当に彼女との口づけに溺れていった。
 苦しそうに眉を顰めた彼女を解放するどころか、もっと口づけを深くして、逃げようとすれば
舌を甘噛みした。
(俺以外の名を呼ぶ舌なんて、このまま噛み切ってしまおうか)
 そんな狂気めいた想いが溢れて、いつもより強めに歯を立ててしまった。
 びくりと跳ねた肩を撫で、ゆっくりと体重をかけていく。
 これから何をされようとしているのか察した彼女が、慌てた様子で俺の胸を叩いた。
 その手を片手でひとまとめにして、にっこりと微笑む。
「大丈夫、誰もこないよ」
「く、来るよ! 今日は守――」
 彼女が言いかけている途中で唇をあわせ、声をさらう。
(本当に、いずれは誰も来なくなる。邪魔者は全部排除して、君と俺の世界を作ろう)

 ……なんて企んでいた時から五年後、俺はやつらが思いのほかしぶとかったことを
思い知る。


【あとがき】BY Operetta
時系列的には公式特典ドラマCDの直前のお話です。
ここから特典ドラマの内容につながっていきます。
あちらの内容を知らなくても、これだけで連の歪みっぷりは滲み出ていると思うので、
知らない方にもお楽しみいただけますと幸いです。

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02

『罪喰い』キャストコメント第一弾

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03

『罪喰い 発売記念朗読劇イベント』続報!

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『罪喰い』オリジナルクリアファイル 抽選プレゼント企画

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05

描き下ろし漫画『罪喰い8コマ劇場』