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最終更新 / 2017年9月30日 Vol.37

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01

『Prison~氷上教示の場合~』書き下ろしSS(主人公視点・教示視点)

『切れない糸』主人公Side

著・松竹梅
※こちらはOperetta Treより発売された『Prison~氷上教示の場合~』のSSです。
※本編中のネタバレを含みますのでご注意ください

※内容が続いているため、前号の主人公視点を再掲しています
***



 窓から吹きこんだ風で本のページがめくれる。
慌てて前に戻ると、物語の中では一匹の蜘蛛が必死で求愛しているところだった。
相手は美しい蝶……ではなく、まだら模様の醜い蛾。
けれど蜘蛛は、その模様に心を射抜かれる――という不思議な話だ。
 恐ろしげな挿絵になぜか親しみをおぼえ、指先で蜘蛛をなぞる。丁度その時、唐突に話しかけられた。
「ねえねえ、最近の教示様のお気に入りって、アンタのこと?」
 今開いている本のページに反射する陽光のように明るい印象の声だった。
ここが監獄ではなく何処かの学び舎の図書室であれば、似合いのトーンだっただろう。けれど残念なことに、ここは監獄。
しかも人身売買が合法として認められている非道徳的極まりない場所。
 珍しいことがあるものだと思って顔をあげた私は、一瞬後にくらりと眩暈をおぼえた。
少しでも動くと体の中にあるもの――教示さんに入れられた玩具が敏感な場所にあたってしまう。
小さな咳払いで荒い息遣いを隠し、かたく口を閉ざした。
 今日はいつ、これを抜いてくれるのだろう……。
 遠ざかりそうになる意識を唾を飲んで引き戻し、ここ数日の教示さんの行動を思い返した。
(たぶん、もうすぐ)
 大体、朝方すぐに呼び出され、散々に抱かれる。
その後、玩具を入れられて、昼の休み時間に抜いてもらえるのだ。
……とはいえ、玩具の代わりに教示さん自身を入れられるから、あまり喜ばしいこととは言えない。
私の中は、常に教示さんによる何かでいっぱいになっている。
「なによ。元ご令嬢だかなんだか知らないけど、お高くとまっちゃってさ。
綺麗なだけのアンタなんか、すぐに飽きられるんだから」
 ずっと黙っていたから、彼女は私が無視をしていると誤解したらしい。
 私も話したい気持ちは山々だけれど、口を開けば喘ぎ声が出てしまいそうで、いっそう唇に力が入る。
 瞼を閉じて潤んだ目を隠すと、今度は少し切なげな声が落ちてきた。
「……ねえ、どうしたらまた、教示様に調教してもらえるの?」
 どうやら彼女も、教示さんに調教されていたらしい。
たぶん私という新しいオモチャが来たから、乗り換えられたと思っているのだろう。
 けれど私は知っている。教示さんが調教するのは、どこぞの富豪に売る前だと。
教示さんが私の目の前でそう電話していたのだから、確かなことだ。
(私もいつか、売られるのかもしれない)
 私と教示さんとは、とある取引で成り立つ関係だ。
だから他の女囚とは条件が違う――と思っているけれど、実際には同じなのかもしれない。
だって保障といえば、教示さんの言葉だけなのだから。つまり何もないに等しい。
(それでも、真実を知るまでは……)
 私の拳を握りしめる動作を見てさらに誤解したのか、彼女は諦めた様子で溜息をつき、肩を落とした。
「結局私も、最後までしてもらえなかったのよ……」
 それは羨ましい、と思ったけれど言える雰囲気でもない。
 引き続き黙っていると、彼女はひとしきり私に愚痴っていった。
 いわく、教示さんは調教はするものの、最後まで抱いたことはなかったらしい。
私には、朝、昼、晩と――よくそんなにできるものだと思うくらいに注ぐのに。
 今だって少し身を捩れば、朝方注がれたばかりのものが、花弁をぬるつかせる。
 意識するとますます下腹が熱くなり、吐く息を揺らしてしまった。
「っ、はぁ。そっか、だから……」
「ん?」
「あ、いえ」
 教示さんが誰かを孕ませたという話は一度も聞いていない。
隠されているのかと思ったけれど、そもそも注いでいなかったのであれば納得できる。
(なんで私だけ……)
 その瞬間、私の胸中にこみあげたのは――奇妙な高揚感だった。
そんな自分に動揺して俯く。
 違う。嬉しくなんてない。
 頭の中で否定の言葉を連ね、ぎゅっと目をつむる。
 そうしている内に、気がつけば私は一人になっていた。
「また、今日も会話できなかった……」
 盛大な溜息で本がめくれる。
 物語の終盤では、蛾の心を得られなかったと嘆く蜘蛛が、
彼女を解放してあげていた。
 だが蛾は、一夜の内に再び蜘蛛の巣にかかってしまう。
 蜘蛛は言った――「せっかく逃げられたのに、馬鹿だね。
君は飛び方を忘れてしまったのかい?」と。
 蛾はそれに答えず、ただじっとして、抗うのを止める。
 結局、蛾は自らの意思で戻ったのか、それとも再びの偶然だったのか、本の中では語られない。
 ……なんだか、もやもやする終わり方だ。
両想いになったのか、それとも蛾が愚かなだけなのか、判断は読者に委ねられている。
「どちらにしろ、愚かなのかしら」
 私もまた、馬鹿になってしまったのだろうか。
少しだけ、本の中の蛾に親近感をおぼえるなんて……。
 最後のページで蜘蛛が蛾を抱き寄せると、見えない糸に絡めとられた気がして身をよじった。
「っ、大丈夫。私は、大丈夫」

 ――大丈夫。私はまだ、逃げられる。


『切れない糸』教示Side

著・松竹梅

「っ、大丈夫。私は、大丈夫」

 自分自身に言い聞かせているのであろう彼女の声が、静かな図書室に響く。
 哀れを誘う声に私は同情……などするはずもなく、手の内にある小さなリモコンのボタンを押した。
彼女の中に入れている玩具を、遠隔操作するためのものだ。
 ブーンという微かな震動音が聞こえ始めたのと同時に、彼女が弾かれたように顔をあげる。
驚愕の表情でびくりと背を反らし、悲鳴じみた声をあげた。
「ひぃっ、あっ!」
 ああ、彼女の声はなぜこうも私の欲情を煽るのか。その声すらも私のために用意されたようだ。
――などと、陶然としながら見つめる。
 彼女はなんとか快感から気を逸らそうとしている様子だったが、
どの姿勢をとっても玩具がいいところに当たってしまうようで、
段々と椅子から崩れ落ちていった。
 胸を喘がせ、床で震えている姿を見ていると……ぞくぞくとした感覚が背筋を駆けのぼる。
朝注いだばかりだというのに下腹に血が集まるのを感じた。
 早くあの玩具を抜いて、コレをねじこみたい。
 朝方から刺激され続けた彼女の中は、きっとぐずぐずにとろけて、私のものを柔らかく包みこむだろう。
その瞬間を想像しただけで達しそうになる。
 だが、まだ駄目だ。まだ調教が足りない。
(彼女をもっと、抗いようもない快楽に沈めなければ……)
 この私が心中で焦るほど、彼女は手強い。他の女ならば、今頃は「教示さま」と言ってかしずいている段階なのに、
黒曜石のような瞳はいっそう輝きを増すばかりで、少しも光が消えないのだ。
(……いや、彼女は一生そうなのかもしれないな)
 執拗に抱かれ、とろけた顔をしつつも、ふとした瞬間に私の内心を探るような目をする。
どんなに抱いても、彼女の心の核は壊せない。
 それがもどかしく、けれど嬉しくもあった。
(それでこそ、私の花嫁)
 運命などという言葉は、以前ならば鼻で笑い飛ばしていた。
しかし今は、堂々と言える。――彼女は私の運命だ。
 彼女が弟の影輝から他の女囚をかばった、あの時……光すら感じさせる高潔な精神、姿に心を射抜かれた。
 それからはずっと、試行錯誤の日々だ。あの手この手で彼女を快楽に溺れさせるのは楽しくもあったが、
じりじりとした焦燥感は日毎に募っていった。
 簡単に言うと、私はずっと彼女に恋をしているのだ。
青臭い少年のごとく体を滾らせ、四六時中妄想している。
当主としての仕事は完璧にこなしているが、それでも何かが溢れてしまっているらしく、
最近では陽介に「暗殺されないようにね」と釘を刺されるほどだ。
 私がそんな状態になっているなど、彼女は露ほども思っていないだろう。
(早く、身も心も私のものになれ。そうすれば私も、君のものだ)
 その時になったら、精神的な意味で膝を折るのは私のほうだろう。
 私はあたかも主のように振る舞い、しかし実際には彼女のしもべになる。
 うっとりと息を吐けば、それに吹かれたかのごとく本が風でめくれ、蜘蛛と蛾の挿絵が見えた。
昔読んだ時はなんとも思わなかったが、今はなかなかに興味深い。
 あの蛾は、慈悲深かったのだ。蛾がいなければ生きていけない蜘蛛の心を知っていたから、戻ってきてしまったのだろう。
(君の心を縛れるのも、愛しかないのだろうな)
 そう知っているから、私は必死で罠をしかける。快楽で、言葉で、彼女の中から愛を引きずりだす。
「っ、あ……やめ、て……教示さん」
 喘ぎまじりの懇願を聞き、不安になる。
 こんなに毎日快楽に溺れさせているのに、まだ彼女は正気でいようとしている。
 その証拠に、私が潜んでいる場所を探す彼女の目は、未だ光を湛えていた。
(あとどれほど糸を巻きつければ、君は私の巣に留まってくれるのか)
 無意識に噛んだ奥歯が、ギリと音を立てる。
 はっとした私は意識して顎の力を抜き、余裕を装って本棚の影から歩み出た。
「……取り引きをしたというのに、いけない子だね。拒む権利が君にあるとでも?」
 上着を脱ぎつつ、ゆっくりと歩み寄る。
 吐息を揺らす彼女を見おろしながら、私は心の中でかしずいた。
「さあ、今日の調教を始めよう」

 この糸からは、君も私も――逃げられない。