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Operetta通信

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最終更新 / 2016年9月7日 Vol.31(特別号)

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01

『越えざるは紅い花』四周年記念SS1

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02

『越えざるは紅い花』四周年記念SS2

『かけおちの続き』

著・松竹梅
※こちらはツイッターでの「見たいエンド後」アンケート1位になったルジのバッドエンド後のお話です

***

 幾度も絶望の夜を過ごしたけれど、今宵ほど目の前が真っ暗になったことはない。
「……トーヤ、今なんて?」
「この子には、皇太子の座は重すぎるのだ。自由にしてやったほうが、きっと長生きできる」
 高熱でうなされる我が子の手を握っていた私は、苦汁に満ちた声に顔をあげた。言葉は理解
しているのに、とっさの返事ができない。ただ大きく目を見開き、夫である国王トーヤの顔を
見つめた。
 私の動揺をどう受け取ったのか、片膝をついたトーヤが、肩に手を添えてくる。そっと、
慰める仕草で。
「お前が第一王子であるこの子を精一杯支えてきたのは、皆が知る事実だ。これ以上を望む
者など、どこにもいない。いたとしても、俺が排除しよう。だから――」
「っ、だめよ!」
 焦りから、トーヤの言葉を遮ってしまう。
 大音量に怯えたように、寝台に横たわっている我が子もみじろいだ。
「なぜ、だめなのだ? 下の弟に王位を継がせても、法律上は問題ないのだぞ」
「で、でも……」
「もう他に手はない。納得してくれ」
「待って、トーヤ! まだ話が……!」
「すまない。今宵は急ぎの仕事があるのだ」
 必死で呼び止めたけれど、今夜も忙しいトーヤは、私の制止の声を振りきって扉へと手をかける。
出る前に、一回だけこちらを向いて、すまなそうな顔をした。
「ト」
 トーヤと入れ違いに入ってきた人物を目にした瞬間、喉が干上がったように声が出なくなった。
 さっきまでの威勢は消えうせ、息を飲んで俯く。
 靴底が床を叩く、コツコツという乾いた音。それが響く度、心臓が激しく脈打つ。
 柔らかな、それでいて奥底に毒を含んだ声が、私の鼓膜を震わせた。
「こんばんは、妃殿下。王子のご体調はいかがですか」
「……知っているでしょう。この子の体が弱いのも、下の子が聡く元気であることも」
「そしてその第二王子が、ルス人の特徴を色濃く継いでいることも?」
「っ、なぜ貴方は、そうも平然としていられるの!? ルジ!」
 激情に任せて勢いよく頭をあげると、私の怒りがわかっていないような……いや、わかって
いながら楽しんでいる顔が、優しげに微笑んだ。
「平然となんてしていませんよ。陛下と貴女の子が死にそうだなんて、胸が張り裂ける思いだ」
「嘘を言わないで」
「そういう貴女は正直すぎる。だから陛下の前で、あんなふうに動揺してしまうんですよ」
 臣下然とした恭しい態度で近づいてきたルジが、私の隣に立つ。表情も言葉遣いも優しげ
だけれど、眼差しは酷く冷たかった。
 知らず肩を震わせると、それを宥めるふうに手が添えられた。恐怖に近い感情で動けなく
なる。
 唾を飲むしかできない私の耳に、ゆっくりと唇が近づいてきて、囁いた。
「あれでは察してほしいと言っているようなものだ。第二王子が、俺の子であると……」
「っ、違う」
 思わず叫ぶと、顎がぐいっと持ちあげられた。
 かつては慈愛に満ち溢れていた鳶色の瞳が、憎悪を湛えて細められる。
「違わないだろう。だから君は、必死でこの子を王位につかせようとしている。俺の子が
王になったら、精霊の血筋と崇められているナスラ王家の血は、絶えてしまうからね」
「貴方の子なんていない。私の子は、全員トーヤの子よ」
 首を振ってルジの手から逃れる。
 掴まれていた顎がじんじんと痛んだ。その痛みが胸の奥深いところにまで響いてくる。
……私の罪悪感を刺激する。
「認めなよ。君は陛下を裏切り、俺の子を孕んだ」
「裏切ってなんかいない! 貴方が、酷いことをするから……!」
 涙が出るのは、絶望感のせいなのか、怒りのせいなのか。それとも自分への失望ゆえか。
 こうして叫んでいると、負の感情で心が乱され、思考をまとめられなくなる。
 だから……忘れようとしているのに、ルジに強引に抱かれた数々の夜を思い出してしまう
のだろう。
「酷い? 心外だな。トーヤ様の子が産まれるのを待っていてあげたじゃないか。むしろ
祝福したといってもいい」
「この子がお腹の中にいる間に、あんな……あんなことをしておいて、よくも祝福だなんて!
きっと貴方があんなことをしたから、この子は体が弱くなってしまったんだわ!」
「はは、薬師として保証してあげるよ。誓って、この子の体が弱いのは、あの時の行為のせい
じゃない。死にかけているのは、ただの天命だ」
「軽々しく言わないで! 私の子なのよ!」
「知ってるよ。その子は、トーヤ様と君の子だ」
 だからどうでもいい、とでも言わんばかりの満面の笑みを向けられる。その笑みは、怖気が
走るほどに美しかった。
 呆然として動けない私の横を通り、ルジの腕が寝台の上へと伸ばされる。
 はっとして弾こうとした矢先、もう一方の手で掴まれた。
「ただの診察だよ。俺の仕事を邪魔して、この子の命をますます縮めたいっていうなら、帰るけど」
「……酷い人」
 私の悔し紛れの抗議を喉奥で笑い、ルジが診察を開始する。
 ほどなくして診終わったルジは、唐突に膝を折った。私と目の高さが一緒になる。
 吐息が頬にかかるほどの近さで、形の良い唇が動いた。
「……俺をこういう人間にしたのは、君だ」
「っ、なら私だけを責めればいいじゃない。子に害が及ぶうようなことはしないで!」
「はは、そんなに怒ってばかりでは胎教に悪いよ」
「胎教……?」
「ああ、やっぱりまだ気がついてなかったんだね。
 まあ、仕方ないか。最近の君は寝食を忘れるほど、この子にかかりきりだったから」
「な、何を言っているの……?」
 少し冷たい手が私の頬に添えられる。そこから熱を奪われていく錯覚を起こして鳥肌が立った。
 問いかけつつも先を聞きたくなくて、ルジを凝視したまま、唇を震わせる。
 拒絶の言葉を吐く前に、ルジが囁いた。
「――君は第三子を身ごもっている」
「う……、嘘よ……」
「本当だよ。おめでとう」
「嘘よ!」
 ルジの言葉を疑ったわけじゃない。ただ信じたくなかった。
 胸を掻きむしって頭を振る。
 ルジはいかにも哀れんでいるふうな声音で、けれど喉奥ではくぐもった笑い声を響かせながら言った。
「さあ、どうしようか」
「なにをのんきに言っているの!? 今の私とトーヤには――」
「ああ、知っているよ。第二王子が生まれてから、トーヤ様は君とは友人関係に戻ると言ったそうだね。
なんの義務感か知らないけど、そのせいで君はごまかせなくなった」
「そ、そうよ、このままじゃ……」
「数年間も夫婦としての関係がないのに、子を身ごもったことになる」
「っ、本当にわかっているの!? このことがバレたら、ルジ、貴方の身だって……!」
「じゃあ、俺と一緒に逃げようか」
「え……」
 あまりにもさらりと提案されたものだから、一瞬ルジが何を言っているのかわからなかった。
 緩く首を傾げた私の頬を、ルジの指先が優しくなぞる。
「第二王子を――いや、俺の子をつれて、一緒に逃げよう。親子四人で暮らすんだ」
「そ、そんなの……許されるわけがない……」
「このままここにいたら、君も、俺も、第二王子も……きっと処刑されるよ。君は自分の子が
殺されるのを、黙って見ていられるのかな」
「あ……、あぁ……、嘘よ……、こんなの……」
 何度ルジを前にして「嘘」と繰り返しただろう。
 現実も、かつての恋人が歪んでしまったのも、私は全部否定したかった。……否定してくれると、
心のどこかでまだ信じていた。だって私を見おろすルジの瞳は、時折慈愛すら感じさせるほどに
優しかったから。
 その双眸が、すうっと細められた。
「かわいそうに。今夜も俺が慰めてあげる」
「ル、ジ……?」
 頭の後ろに手を添えられ、絨毯の上に倒される。柔らかな唇が首筋に宛がわれ、ひゅっと
息を飲んだ。次第に体がガクガクと震えだす。
 私の肩から衣を落とす手は、あくまでも優しかった。
「さ、さっき、私は身ごもっていると……」
「そうだよ。だから今夜は、優しくしてあげる。ここにいるのは、大事な大事な、俺の子
だからね」
 下腹に手を添えられて、ぞっとした。顔から血の気が引いていくのが自分でもわかる。
「そこまで私を憎んでいるの……?」
「何を言っているのかわからないな」
 息苦しいほどに体重をかけられ、手足をばたつかせることもできない。
 ただただ震える私の耳殻を、熱い唇が啄んだ。
「俺は君を、愛してるよ。だから奪うんじゃないか」

 絶望の中で悟る。
 ……ルジの『かけおち』は、まだ終わっていなかったのだと。


【あとがき】BY 松竹梅
ルジのバッドは元からこうしようという構想があったのですが、
人によっては嫌悪感があるかなと思いボツネタにしていました。
アンケート一位になったことで、こうして日の目を見ることができて良かったです。
(良かったのかどうか不安なところもありますが……)
自分で作る分には、ハッピーエンドは必ずないと嫌なのですが、
バッドエンドも大好きなので、いつかまた、リミット解除したバッドエンドも書けたら嬉しいです。

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03

『罪喰い 発売記念朗読劇イベント』続報!

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04

描き下ろし漫画『罪喰い8コマ劇場』