初日公演【再演記念ドラマ1:ルジ クロスフェードサンプル】
突然の雨に降られた二人。ルジはあることを思いだし……
≪登場キャラ≫ルジ、ウル


2日目マチネ公演【再演記念ドラマ2:エスタ クロスフェードサンプル】
眠れないというヒロインに、エスタは昔話を始めて……
≪登場キャラ≫エスタ、ウル


2日目ソワレ公演【再演記念ドラマ2:セフ クロスフェードサンプル】
新種の病にかかった人たちを助けたいとヒロインは言うが、セフは最初反対して……
≪登場キャラ≫セフ





朗読劇内にて歌唱されたエスタのキャラクターソング
フルバージョンを特別公開!

『永久に秘された愛』
編曲 / 真下
作詞 / 鈴葉ユミ、松竹梅
歌唱 / エスタ(牧野秀紀 ※PSP版キャスト)




※このSSは、朗読劇の内容の後話です※
朗読劇『越えざるは紅い花~恋連なる~』スペシャルSS 著:松竹 梅(まつたけ うめ)


 一歩踏み出す度に胸が高鳴る。あまりにも心臓がうるさく騒ぐから、夜闇に包まれ静まりかえった廊下に、私の感情が響いてしまうのではないかと恥ずかしくなった。
 既に慣れ親しんだはずの場所を歩くのに、こうも新鮮な気持ちになるのは、あまりにも恋焦がれすぎたせいだ。
「スレンったら、全然呼び戻してくれないんだから」
 むくれて言ってはみたけれど、頬が緩むのを抑えられない。
 なにせ『暗殺騒動』で郷に帰って以来、一度も夫であるスレンの姿を見ていないのだから、どうしても浮かれ気分になってしまう。
 第一声は何と言おう。すぐに抱きついたら笑われるだろうか。
 そんなふうに考えすぎたせいで、普段ならなんてことない段差でつまづく。
「っ……」
 なんとか転倒は免れたものの、揺れた拍子に手燭から灯りが消え、視界がますます暗くなる。
 わざわざ引き返すのも躊躇われ、助けを求めて窓から天を仰いだ。
 紺碧の空に浮かぶ月は光をこぼす穴のようで、その向こうにある世界への入口を彷彿とさせた。
 だからか、先日見た不思議な夢を思い出す。
「こんな調子じゃ、貴方にも笑われちゃうわよね……、ナラン」
 ナランの夢を見たのは、随分と久しぶりだった。しかも昔の記憶等ではなく、神秘的な内容。
 まず、辺りはどこまでも広がる草原のみ。心地よい風が通り過ぎると、単なる葉擦れとは異なる不思議な音色が流れた。頭上にはやけに大きな月があって、その輝きは恐れを感じるほどの神々しさだった。
 夜なのに眩しいとすら感じて目を細めれば、いつの間にか少し離れたところには懐かしい姿――月に昇ったナランの姿が。
 一目見た瞬間に涙が溢れ、駆け寄りたい衝動に駆られた。けれどなぜか指一本すら動かせず、唇も喉も震えるだけ。
 もどかしさでますます涙を流すと、ナランは微笑んで口を開いた。
 小さな声だったけれど「もう大丈夫。あとは姐さんに任せるよ」と言われた気がした。
「そういえば『帰ってこい』って言われたの、あの夢を見た直後だったのよね……」
 なんだか、お告げのように思えてくる。ナランは人一倍強い信念と愛を持った者だったから、月の世界でも特別なのかもしれない。
(なんて言ったら、スレンは笑い飛ばしそう)
 どうせ「夢は夢だ」と言うに決まっている。
 苦笑して自室の扉に手をかけようとした私は、既に薄く開いているのに気がつき、動きを止めた。
(もしかして……)
 また心臓が跳ね、徐々に鼓動が大きくなる。
 深呼吸をしてから扉を押し開くと、さあっと風が流れ、窓際に立っていた者の黒髪を揺らした。その頭部に巻かれた布も、私を誘うようにたなびく。
 紫の双眸が優しげに細められれば、感極まりすぎて息が詰まる。心の中で幾度も「スレン」と繰り返してしまった。
「どうした、俺の花嫁殿。長旅で夫の顔も忘れたのか?」
 私がこんなに苦しくなるほど恋焦がれていたというのに、スレンは余裕そうに見えた。片眉をあげた人を試すような笑みにも、少し腹が立つ。だからつい、拗ねた声を出してしまった。
「貴方がここで待っていたら、着替えもできないじゃない。久しぶりに旦那様と再会するのに、埃まみれだなんて……」
 今は帰宅したばかりで湯あみもしていない。せっかくだから以前もらった衣に着替えた後でスレンの部屋に向かおう、と練っていた計画が台無しだ。
 待っていてもらえて嬉しい反面、女心は複雑だった。
「べつに目の前で着替えたっていいんだぜ。なんなら、脱いだままでもいい」
 そうふざけたことを言いながら、スレンはゆっくりと距離を詰めてきた。私の前で立ち止まり、着替えを促すように軽く首を傾げる。
 久しぶりに感じる、挑発的で艶めいた視線に炙られ、じわりと肌が汗ばんだ。
「ち、近づかないで」
「なんでだ?」
「だって……今の私、たぶん汗くさいから……」
「気にすんな。むしろアレの最中みてぇで興奮する」
「……ここは久しぶりに再会した嫁に『愛してる』とか『会いたかった』とか言うところじゃないの? ほんと貴方は下品なんだから」
 などと呆れながらも、声に含まれる艶に鼓動を速めてしまっている。そんな自分をごまかすためにも半眼を作って睨めば、スレンは喉奥で笑った。
「お前からその言葉を聞くのも、久しぶりだな。なんか、安心した」
 腰に回された腕で、優しく引き寄せられる。
 弾力のある胸元の筋肉、すっぽりと包まれる感覚が心地よい。
 やっと待ち望んでた温もりが与えられ、小さく震える。
 ――そうして、ずっと感動に浸っていられたら良かったのに、と次の瞬間に思った。
「……この傷、どうしたの?」
 何気なく触った腕に縫合のあとを見つけて、眉をひそめる。
 私が問いつめる目を向けると、スレンは肩をすくめて笑った。
「ああ、訓練中にできたかすり傷だ」
「嘘ばっかり」
「嘘だって思うなら、実力行使してみろよ。お前から口づけられたら、少しは考えるかもしれねぇな」
 まったく、と深い溜息が漏れる。
 かすり傷程度で縫っていたら、今頃スレンの肌は縫合のあとだらけだ。
 私に心配をかけないようにとの配慮かもしれないけれど、隠されると寂しくなる。暗殺騒動があったのは知っているのだから、全部話してくれればいいのに、と拗ねた気分にもなった。
「もう……貴方がそんな調子だから、妙な夢を見るのよ」
「どんな夢だ?」
「へ」
 半ば独り言だった呟きを拾われ、思わず変な声が出てしまった。スレンが夢を気にするとは、予想外だ。
 驚きが顔にも出ていたらしく、スレンが怪訝そうな表情をする。
「なんだよ」
「あ、えっと……貴方のことだから、夢はしょせん夢だー、とか言うのかと」
「悪いか。俺だって、考えを変える時もあるんだよ」
 やや視線を逸らしたスレンは、心なしか照れているように見える。
(ということは、本気で気にするようになったんだ……)
 以前のスレンと比べれば、大きな変化だ。よほどの出来事がなければ、こうも考えは変わらない。
「ふふ、貴方、しばらく見ない間にちょっと変わったかも」
「惚れ直しただろ」
「……言い切るところが、さすがよね」
「違うのか?」
「妻を待たせる夫には教えてあげません」
 囁きながら唇を寄せ、そっと触れる。すると無骨な手が背に回され、きつく抱きしめられた。
「っ、スレン……」
 安堵のせいか、溢れる愛しさのせいか、自分でもよくわからない涙がこぼれる。
 スレンの唇はそれを残さず吸い取り、柔らかな声を響かせた。
「……ああ、ここにいる」
 私の内心の叫びに応えるような返事に、ますます涙がこみあげる。
「泣くな」
「っ、だって……だって……」
 考えを変えざるをえないほどの大きな事件があっても、生き延びてくれた。
 それが嬉しくて、触れあう唇が小刻みに震える。
 もっと溶けあうような口づけがしたいのに、感情がたかぶりすぎて上手くできない。
 しばらく私のぎこちない口づけを受けていたスレンは、やがてニヤリと口端をつりあげ、犬歯をのぞかせた。
「……焦らすなよ」
「焦らしてなんか……、っ」
 貪られる、という表現がしっくりくる激しさに息があがる。閉じられないよう軽く押さえられた顎に溢れた唾液が伝い、ひどくみだらなことをされている錯覚に陥った。
「そんな顔するなよ。我慢できなくなるだろ」
「あ、貴方がこういう口づけをするからいけないんじゃない……」
 惚れ直すどころか日ごと恋に落ちているのだと、きっとこの口づけでバレてしまっただろう。
 恥ずかしくて顔をそむけようしたら、やんわりと正面を向かされた。
「……言えよ」
 あくまで「惚れ直した」と言わせたいらしい。
 スレンの妙なこだわりのせいで、出会った頃を思い出してしまった。あの頃も自分は言わないくせに私には言わそうとするから、色々と苦労したものだ。
 そうして回想に浸りかけた私の唇に、拗ねたような声がかかる。
「そんな強情だと、本当に何があったのか教えてやらねぇぞ」
「……いいわよ。だって確実にわかっていることが、一つだけあるもの」
「んだよ、それ」
「今は、まだ秘密」
 けれど私が教えるまでもなく、月にいく頃には互いに思うだろう。

 ――この恋が連なり道になった、と。


【あとがき】BY松竹梅
先日のイベントでは、この作品は皆様と一緒に作り上げたものなのだな、と強く感じました。
これからも誰かと響きあえる作品を目指して、日々精進で頑張っていきたいと思います。

ここまで紅花を応援してくださった皆様、本当に有難うございました!